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イセキ キハク
伊籍 機伯
  
~機知に長けた官僚~

 蜀の参謀、官僚。呉への使者となり、孫権に気に入られる。国内では蜀科(刑法)の制定に関わる。



・兗州(えんしゅう)の山陽郡出身。劉表(荊州の領主)と同郷で、その客分となる。
・劉備が荊州に来ると、伊籍は度々その元を訪れる。
・劉表死後、常に劉備と行動を共にする。益州攻略にも随行する。


・益州平定が完了すると、従事中郎(参謀役)に任じられる。簡雍、孫乾に次ぐ待遇を受けたという。(二人は以前に、従事中郎になっている。)

呉の孫権の元に派遣される。孫権に目通りし、拝礼する。孫権は伊籍を「弁舌の士」と聞いていたので、まず揶揄してみる。「無道の君主(劉備のこと)に仕えるのは辛かろう。」伊籍はこれに対し、こう答える。「一度拝礼して、一度起つだけのことです。苦労というほどのことはありません。」(「無道の君主」を孫権のこととした。)伊籍はこの類の機知を度々披露し、孫権は大層感心する。


・昭文将軍に任じられる(名誉職)。
諸葛亮の元で、蜀科(刑法)の制定に関わる。(蜀科の制定者として名が記されるのは、諸葛亮、法正、李厳、劉巴、伊籍の5人。伊籍が、蜀屈指の官僚だったことが分かる。)
陳寿は麋竺、簡雍、孫乾、伊籍をまとめて評する。「悠然と議論をこなし、世の中で礼遇された。」




麋竺 簡雍 孫乾


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