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吉川と横山
 吉川英治の小説と、横山光輝の漫画を紹介します。
 日本の演義系作品は、この二つが基本です。

 



吉川英治「三国志」

<概括>
 「三国志演義」を原作とする。演義では劉備は善玉、曹操は基本的に悪玉。吉川でも劉備は仁徳の人だが、原作に比べ、心情的描写が目立つ。また、曹操はそれほど悪役っぽさはなく、かなり人間的に描かれる。
 また、文体が秀逸で、テンポがいい。風景描写も濃い。戦前の作品だが、今も読み継がれている名作。三国志の初心者は、この作品から入るのがいいと思われる。史実そのままではないが、時代の流れと人物像を大体掴める。

 因みに、本編のあとには、吉川氏のエッセイが収録。それによると、三国志は、曹操と孔明が主軸とのこと。また、二人の比較論を記し、「曹操は多感な人」「孔明は正直を貫いた人」と捉えている。
 本編では、劉備陣営を中心に描かれる。曹操が軸という発言は、少し意外に思える。物語としては、曹操は宿敵という位置付け。しかし、曹操への思い入れを感じさせる描写は、確かに多い。

 なお、この作品は、全体的に日本風にアレンジされている。袁紹や袁術といった諸侯も、戦国武将のように描かれる。また、どの登場人物も、基本的に情緒的である。これらも、本作の持ち味。
 あと、本作は、大半の登場人物を好意的に描く。ここにも、作者の性格が現れている。


<刊本の話>
 「三国志演義」は、明の時代、羅貫中という人物が著述。以後、何度も改訂が行われ、様々な刊本が存在する。
 有名なのは、「嘉靖本」「李卓吾本」「毛本」で、この順に古い。(嘉靖本は、現存する刊本の中で最古。)
 日本では、江戸時代、湖南文山という人物が「李卓吾本」を翻訳。吉川三国志は、これを参考にしたとされる。

 刊本が違っても、大筋の内容は同じ。刊本による差異を、一々問題にするのは面倒なので、通常は全て「演義」で一括りにする。


<演義との相違>
 吉川三国志と演義の相違を、いくつか挙げておく。まず、物語の最初の方。故郷時代の劉備が、じっくり描かれる。(演義だと、結構あっさりしている。)
 以後のストーリーは、基本的に演義に沿っているが、細かいシーンに違いがある。例えば、紀霊と関羽の一騎打ちがない。文醜と関羽の一騎打ちが長い。

 更に、演義には登場しない、「陳嬉」「楊平」なる人物が出てくる。前者は陳矯の誤記、後者は地名陽平関との混同だろう。
 また、吉川三国志には、梁紀、楽就が呂布と戦う場面がある。毛本には、該当する箇所がない。嘉靖本・李卓吾本にはあるのだが、嘉靖本(古い刊本)だと、「梁紀」ではなく「梁剛」となっている。一方、李卓吾本では「梁紀」。(つまり、李卓吾本で「梁紀」と誤記され、それが文山の訳本、吉川三国志へと伝播。)

 あとは、「許収」という人物。本来は「許攸」とあるべき。文山の訳本では許収で、その底本の李卓吾本では許攸。(つまり、文山が「許収」と誤記し、それが吉川三国志に伝播。)




横山光輝「三国志」

<概括>
 吉川三国志を原作とする。真っ当な三国志漫画で、子供から大人まで読める名作。70年代~80年代の作品だが、今も根強い人気がある。単行本は全60巻、文庫版は全30巻。

 ストーリーはオーソドックスで、飛躍や逸脱がない。多くの三国志漫画は、独特の視点がある反面、偏りが含まれる。本作は、その意味でも貴重な作品。
 登場人物の外見・性格は、さほど特徴的に描かれない。必要以上の掘り下げを避けている。それでも、登場人物は生き生きしている。劉備、曹操、孔明などは、吉川三国志のイメージ通り。個性的なのは、張飛、文醜辺り。
 また、本作は、城や陣営の絵を細かく描く。
 
 基本的に、原作(吉川三国志)に沿って話が進むが、独自性も十分ある。原作の行間を埋めるように、色んな台詞・シーンが追加。取り分け、劉備、関羽、張飛のやり取りは、豊かに描かれる。


<演義・吉川との相違>
 演義や吉川と異なる箇所も、結構存在する。例えば、白馬の戦いのあと、関羽が「張飛は私より強い」と発言する。演義や吉川では、「張飛はもっと凄いことができる」と言っている。必ずしも、「自分より強い」と明言した訳ではない。
 他にも、関羽が文醜に言った言葉、「兄(顔良)より強そうだな。」これは、演義にも吉川にもない。(因みに、顔良、文醜の義兄弟設定は、演義や吉川にもある。史書には特にない。)
 あと、界橋の戦いにおいて、趙雲が文醜相手に優勢に戦う。また、このとき趙雲は騎乗していない。一方、演義や吉川では互角。騎乗も演義では明記。

 また、本作では、官渡戦(袁紹VS曹操)は丸ごと省略。劉備が主人公だから仕方ないが、本来袁紹は主要人物であり、少し釈然としない。アニメ版では追加されている。


<その他>
 本作は総じて、セリフに特徴がある。端的だが、印象的な表現が多く、感嘆詞も多用される。また、説明的な長台詞が、何かと目立つ。
 また、同じセリフが、類型的に何度も出てくる。(代表的なものは「むむむ」、「だまらっしゃい」、「孔明の罠」など。)本作の持ち味でもある。






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