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吉川と横山

吉川英治「三国志」

<概括>
 演義では、劉備は常に善玉。曹操の方は、基本的に悪玉。吉川三国志でも、劉備は仁徳の人だが、心情的描写が随所にある。一方、曹操も悪人っぽさはあまりなく、かなり人間的に描かれる。
 また、文体が秀逸で、テンポがいい。風景描写も濃い。戦前の作品だが、今も読み継がれている名作。三国志の初心者は、この作品から入るのがいいと思われる。史実そのままではないが、時代の流れ、人物像を大体掴める筈。

 なお、複数の出版社から刊行。今普及しているのは、まず講談社文庫版。全8巻で出版され、以後、何度かカバーが変わる。
 最近出版されたものは、「新装版」という表記の元に、巻構成も一新されている(全5巻)。一冊一冊が分厚い。
 また、同じく最近、新潮文庫から刊行。これは全10巻。


<吉川氏の視点>
 本編のあとには、吉川氏のエッセイが収録されている。それによると、三国志は、曹操と孔明が主軸とのこと。また、二人の比較論を記し、「曹操は多感な人」「孔明は正直を貫いた人」と捉えている。
 本編では、劉備がメイン。曹操が軸という発言は、少し意外だろう。物語としては、あくまで劉備が主人公で、曹操はその宿敵という扱い。
 あと、この作品は、全体的に日本風にアレンジされている。袁紹や袁術といった諸侯も、戦国武将のように描かれている。また、どの登場人物も、基本的に情緒的である。以上はこの作品の持ち味だが、本場の三国志とは、雰囲気が少し異なる。
 あと、大半の登場人物を、好意的に描いている。ここにも、作者の性格が現れている。


<演義の刊本>
 ここで、「三国志演義」について、少し細かい話。作者は、羅貫中という人物。後に何度も改定され、様々な刊本が存在する。その中で有名なのは、嘉靖本、李卓吾本、毛本。この順に古い。
 また、日本では湖南文山という人物が、李卓吾本を訳した(江戸時代初期)。後に挿絵も付けられ、「絵本通俗三国志」という題名で刊行された(江戸時代後期)。吉川三国志は、これを参考とする。(なお、「絵本通俗三国志」は、現在も比較的入手容易。)
 まとめると、嘉靖本→李卓吾本→文山→吉川という流れ。

 また、嘉靖本と李卓吾本は、あまり内容が変わらない。(李卓吾本は、批評に重点。)従って、吉川三国志は、嘉靖本にも近い。一方、近年出版された訳本は、全て毛本を底本としている。(但し岩波文庫版は、一部嘉靖本で補完。)従って、吉川三国志は、嘉靖本の代替品としても貴重。
 勿論、刊本が違っても、大筋の内容は同じ。刊本による内容の差異を、一々問題にするのは面倒なので、通常は全て「演義」という言葉で一括りにする。


<演義との相違>
 吉川三国志と演義の相違を、いくつか挙げておく。まず、物語の最初の方。故郷時代の劉備が、丁寧に描かれる。以後のストーリーは、基本的に演義に沿っているが、細かいシーンに相違がある。例えば、紀霊と関羽の一騎打ちがない。文醜と関羽の一騎打ちが長い。
 更に、演義には登場しない「陳嬉」「楊平」なる人物が出てくる。前者は陳矯の誤記、後者は地名陽平関との混同だろう。
 また、梁紀、楽就が呂布と戦う場面。毛本には、該当する箇所がない。嘉靖本にはあるのだが、梁紀ではなく、梁剛となっている。李卓吾本(嘉靖本より後の刊本)では梁紀。この誤記が、文山の訳本、吉川三国志へと伝播。
 あとは、許収という人物。本来は許攸とあるべき。文山の訳本では許収で、その底本の李卓吾本では許攸。つまり、文山が誤記し、それが吉川三国志に伝播。



横山光輝「三国志」

<概括>
 吉川三国志を原作とする。真っ当な三国志漫画で、子供から大人まで読める名作。70年代~80年代の作品だが、今も根強い人気がある。単行本は全60巻、文庫版は全30巻。
 登場人物の外見・性格は、さほど特徴的に描かれない。必要以上の掘り下げを避けている。それでも、登場人物は生き生きしている。劉備、曹操、孔明などは、吉川三国志のイメージ通り。個性的なのは張飛、文醜辺り。
 また、ストーリーはオーソドックスで、飛躍や逸脱がない。あと、城や陣営の絵が細かく描かれる。
 基本的に原作に沿っているが、原作の行間を埋める感じに、色んなセリフ・シーンを追加している。取り分け、劉備、関羽、張飛のやり取りは、豊かに描かれる。


<演義・吉川との相違>
 演義・吉川と異なる箇所も、結構存在する。例えば、白馬の戦いのあと、関羽が曹操に対し「張飛は私より強い」と発言する。演義や吉川では、「張飛はもっと凄いことができる」と言っている。必ずしも、「自分より強い」と明言したわけではない。
 他にも、関羽が文醜に言った言葉、「兄(顔良)より強そうだな。」これは、演義にも吉川にもない。(因みに、顔良、文醜の義兄弟設定は、演義や吉川にもある。史書には特にない。)
 あと、界橋の戦いにおいて、趙雲が文醜相手に優勢に戦う。また、このとき趙雲は騎乗していない。一方、演義や吉川では互角。騎乗も演義では明記。(吉川では明記なし。)
 また、袁紹、曹操が主役の「官渡の戦い」は丸ごと省略。劉備が主人公(劉備死後は孔明)だから仕方ないが、本来袁紹は主要人物であり、少し釈然としない。アニメ版では追加されている。


<その他>
 本作は総じて、セリフに特徴がある。端的だが、印象的な表現が多く、感嘆詞も多用される。また、説明的な長台詞が、何かと目立つ。この作品は基本的に、子供にも分かりやすいよう、苦心して作られている。
 出来事の捉え方も、簡略的、そして類型的である。結果、同じセリフが何度も出てくる。代表的なものは「むむむ」、「だまらっしゃい」、「孔明の罠」など。この作品の持ち味でもある。





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