トップページ三国志総合事典(演義)

史実と演義

 主要な異同についてまとめます。

成立と変遷  嘉靖本  毛本  史実と演義


桃園の誓い
 「三国志演義」は史実7割、虚構3割といわれる。大まかな流れは、歴史通り。史実と矛盾しない範囲で、自由に虚構を散りばめる。

 例えば、劉備、関羽、張飛の「桃園の誓い」は、基本的に虚構。しかし、三人が義兄弟だったのは史実。当時、義侠による交わりは、風習のようなものだった。劉備らも、誓いの儀式のようなものを、実際行った可能性はある。演義の虚構の部分も、元となる事柄はしばしば存在する。

 また、正史の「三国志」は、魏が中心。三国志演義は、最初に「桃園の誓い」を描くことで、劉備を主人公にすることを明示した。




孔明と周瑜
 演義の中盤では、諸葛亮(字(あざな)は孔明)が登場する。赤壁戦とそれ以後、孔明と周瑜の絡みが何かと多い。
 周瑜とは、呉随一の知将。演義では、孔明に一歩及ばず、絶えず敵視する。

 史書では、孔明・周瑜の直接的関わりは、一文しかない。即ち、「周瑜は三万の軍を与えられ、諸葛亮と共に劉備の元へ向かった。」

 但し、両者に関係する逸話は、(直接的関わりではないが、)実はもう一つある。即ち、龐統伝の註で引用されている、「江表伝」の記事。
 劉備が参謀の龐統に、「昔孫権は私を留め置こうとしたが、周瑜の差し金だったというのは本当か?」と聞く。龐統が「事実です」と答えると、劉備「危ないところだった。あのとき、孔明は(孫権の元に)行くなと言ってくれた。」以上、孔明が周瑜の策を見抜いたと取れる。
 なお、龐統は、周瑜の補佐官だったことがある。そのため、劉備は龐統に尋ねたのである。

 演義と史実を比較してみれば、いかに演義が豊かな世界を描いているか、改めてよく分かる。一つの逸話から、大いに内容を膨らませる。
 但し、人物の扱いに偏り、不公平も生じている。周瑜は演義の被害者、というのが、一般的な見方。




曹操と関羽
 史実において、関羽は一時、曹操の客将となっている。功を立ててのち、劉備の元に戻った。

 演義でも、大筋の話は同じ。しかし、劉備の元へ向かう途中、五つの関(曹操の拠点)を突破するという話は創作。
 また、夏侯惇(曹操の将)がそれを追い、関羽と渡り合う。一方、張飛はその頃、山賊として地方の小城に居座っている。これらも創作。

 一方、「曹操があえて関羽を追わない」というシーン、「関羽が曹操の贈り物を返す」というシーンがある。これらは、史実でも同様である。いずれも、正史の関羽伝に記されている。

 また、しばらくのち、赤壁の戦いで、劉備と曹操は対戦。演義では、関羽が曹操の退路を防ぎ、あえて逃がす。この話は創作であり、演義独自の名場面の一つ。




一騎打ち
 三国志演義は、一騎打ちのシーンが多い。武将たちが、互いに武芸を競う。
 それらは、ほとんどがフィクション。史書にもあるのは、関羽VS顔良、孫策VS太史慈、呂蒙VS陳就の3つ。
 一方、史書にのみ記される一騎打ちもある。呂布VS郭汜、馬超VS閻行、龐徳VS郭援、郝萌VS曹性の4つ。

 なお、呂蒙陳就、龐徳郭援に関しては、必ずしも一対一とは限らない。「自ら討ち取った」とあるのみ。また、関羽も、顔良と勝負したというより、奇襲に近い感じだったかも知れない。あと、郝萌と曹性は、騎乗なしでの決闘(仲間割れ)。厳密な意味での一騎打ちは少ない。




関索と周倉
 演義には、史書にない人物が登場する。創作もしくは、民間伝承の人物。

 有名なのは、関羽の三男関索、関羽の従者周倉。いずれも、様々な伝説が残っている。元となる、何らかの人物はいたのかも知れない。(伝説自体は、荒唐無稽なものが多いが。)関索に関する説話は、「花関索伝」にまとめられている。大活躍の描写が多い。


 また、周倉は、「山西通志」という地方志にも記述がある。(清代の書物。)だから、「史書に登場する人物」と言えなくもない。
 しかし、内容は、演義の記述とほぼ同じ。即ち、「将軍周倉は平陸の人で、元張宝の部下。後に臥牛(がぎゅう)山で関羽の部下となる。樊城の戦役に参加し、龐徳を捕らえる。麦城で死亡。」(平陸の人、という部分を除けば、演義通り。)

 演義の記述をそのまま採用したのか、もしくは、演義と「山西通志」は共通の伝説に拠ったのか。いずれにせよ、歴史的事実とは言い難い。




三国志演義とは
 「三国志演義」は、特殊な小説。民間伝承、講談に拠る部分が多く、一人の人間の手によるものではない。
 「三国志演義」とは、後世の人々が史実を元に想像し、または願望を投入して作り上げた世界。演義を読むことで、人々が史実の出来事や人物に対し、どういうイメージ・思いを抱いてきたかが分かる。


 三国志は、「史書に記された世界」、「演義に描かれた世界」、二種類存在している。それぞれに独自の価値がある。

 何をもって「三国志」とするか、色んな立場があり得る。
 演義の虚構の部分も、史実に内在する諸要素が、何らかの形で現れたもの。だから、史実と演義を合わせた世界を「三国志」と捉えることができる。
 勿論、史実と演義を、常にはっきり区別するのもいい。即ち、前者は「歴史としての三国志」、後者は「文学としての三国志」という具合。(本サイトはこの立場。)
 また、演義は基本的に小説なので、純粋に活劇、娯楽として楽しむことができる。大衆小説として、価値が高い。

 何にしても、三国志に関する記述を行う際、どの立場から書いているか明記する必要がある。それをしなければ、余計な混乱を招く。




成立と変遷  嘉靖本  毛本  史実と演義


トップページ三国志総合事典(演義)