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毛本

 三国志演義の刊本の一つ、「毛本」について解説します。

成立と変遷  嘉靖本  毛本  史実と演義


特徴1
 毛本は、清の毛宗崗(もうそうこう)の手による。「三国志演義」の刊本の中で、最も普及。過去の刊本の細部を省き、テンポをよくしている。

 また、蜀の正統性を強調する色合いが強い。劉備陣営の人物に関し、いい記述を追加し、そうでない記述は削る。(曹操陣営はその逆。)
 例えば、関羽が曹操の元にいたとき、劉備の夫人を寝ずに警護する。これは、毛本で新たに追加されたシーン。
 但し、総じて、追加シーンは少ない。主に、過去の刊本から取捨選択をすることで、独自の世界を作っている。(つまり、どの記述を採用し、どの記述を捨てるかに重点。)

 また、曹操を殊更に「賊」と書いたり、見出しの文で「曹阿瞞」(阿瞞は幼名)と呼称。それをもって、イメージ操作をしている。




特徴2
 毛本には、史実に近付けようとする傾向もある。変更シーンとして有名なのは、関羽が曹操から「侯」に封じられる場面。

 嘉靖本では、関羽はまず、「寿亭侯」と掘ってある印綬を贈られる。(つまり、寿亭という地の侯。)関羽はそれに納得せず、曹操は改めて「漢・寿亭侯」と掘った印綬を送る。(つまり、「漢王朝の侯である」こと、「曹操配下の侯ではない」ことを強調。)関羽は、それを見て納得する。

 一方、毛本では、「漢寿亭侯」に封じられている。(即ち、漢寿亭という地の侯。)史実は、毛本と同じであり、嘉靖本の凝ったエピソードはフィクション。
 なお、亭は県より下の行政単位。「~亭」は「~村」みたいなもの。


 もう一つ有名なのは、曹丕が献帝に禅譲を迫ったときの、献穆(けんぼく)皇后の言動。(献穆皇后は、曹丕の妹に当たる。)嘉靖本では、献帝に「何故従わないのか」と言っている。毛本では、逆に曹丕の方を非難している。
 この一幕は、後漢書に載っており、内容は毛本の通りである。




人名
 他には、細部の人名に相違がある。例えば、零陵太守劉度の子。嘉靖本では「劉延」、毛本では「劉賢」と記される。(なお、史書に登場しない人物。)
 一方、曹操配下に「劉延」という人物がいる。(史書にも登場。)これとの重複を避けるため、「劉賢」にしたのだろう。

 また、劉璋配下の「らいどう」という人物。(後に劉備に帰服。)嘉靖本では「雷同」、毛本では「雷銅」と記される。正史には「雷銅」とあり、毛本はこれに沿っている。(なお、正史には、劉璋の部下だったという記述はない。劉備の部下だったことのみ明記。)

 あと、長坂橋の戦いで、張飛の大喝に驚いて落馬する人物。嘉靖本では「夏侯覇」だが、毛本では「夏侯傑」に変えられている。
 因みに、夏侯傑の登場シーンはこの一箇所。史書には名前がない。一方、夏侯覇は、史書にもそこそこ記述がある。名将夏侯淵の子で、自身も武将として活躍した。


 なお、現在普及しているのは毛本。しかし、日本では、吉川三国志がよく読まれている。
 吉川三国志は、李卓吾本(正式名「李卓吾先生批評三国志」)の訳本を参考とする。また、李卓吾本の本編は、嘉靖本とほとんど同じ。
 そのため、毛本に固有の人名は、日本ではむしろ馴染みが薄い。




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